AIと音楽、そして「似ている」ことの不思議

皆さん、こんにちは。

今日は、AIと音楽をめぐる、ちょっと深いお話をしてみたいと思います。 最近、音楽生成AIが話題になる中で、 「盗用だ」「パクリだ」なんて声も聞かれますよね。 でも、これって本当にAIだけの問題なのでしょうか?


実は、音楽の世界では、 昔から「似ている」という問題がたびたび指摘されてきました。 例えば、ザ・ビートルズの「Come Together」や ジョージ・ハリスンの「My Sweet Lord」も、 過去の曲に似ているとして訴訟になったことがあります。 ローリング・ストーンズの曲が元になっていたとされる ザ・ヴァーヴの「Bitter Sweet Symphony」も、 結局は著作権がストーンズ側に渡る結果になりました。


最近でも、サム・スミスの「Stay With Me」が トム・ペティの曲に似ていると指摘されたり、 エド・シーランの「Thinking Out Loud」が マーヴィン・ゲイの曲との類似を問われたりしましたね。 デュア・リパの「Levitating」も、 類似問題で訴訟になったものの、 モーツァルトやビートルズにもある共通の要素だから、 著作権で保護されない として棄却されたんですって。 一方で、ロビン・シックさんとファレルさんの Blurred Lines」は、多額の賠償金を命じられる大判決となりました。


これは海外だけの話ではありません。 日本では、服部克久の「記念樹」が 小林亜星の「どこまでも行こう」に似ているとして訴訟になり、 服部さんに賠償命令が出たこともあります。 小泉今日子の「木枯らしに抱かれて」も、 当時似ていると指摘されながらもヒットしましたし、 最近では、あるラッパーさんの曲が ロックバンドの曲に酷似していると指摘され、 配信停止になったケースも話題になりました。 男性アイドルグループの新曲が、 韓国のガールズグループの曲に似ていると 炎上したことも記憶に新しいですね。


こうして見ると、音楽の世界では、 著作権侵害なのか、 それとも「影響を受けた」とか「オマージュだ」と言えるのか、 その線引きがとても難しいということがわかりますよね。 ファレル・ウィリアムスも、 「創作活動を訴訟漬けにすれば、クリエイティブが凍りつく」 と警鐘を鳴らしています。 つまり、音楽業界には、多かれ少なかれ、 影響や引用と著作権侵害の境界線が 曖昧に捉えられる文化があるんです。 そして、私たちファンも、たとえ疑惑があっても、 良い曲なら流行曲として楽しむ傾向がある気がしませんか?


ところが、AIが膨大な音楽を学習して 自動的に新しい曲を作るとなると、 途端に「それは盗用だ!」 という声が上がるアーティストの方が多いようなんです。 これって、 人間がたくさんの曲を学んで作曲するのは創造的学習だけど、 AIが同じことをするのは盗みだ という、ちょっと傲慢な考え方ではないでしょうか?

考えてみてください。 音階やコード進行、リズムパターンって、限られていますよね。 どうしても「こんな感じの曲」 というイメージが似た結果を生むことは、当然のことなんです。


さらに、 今のデジタル音楽の世界では、ループ素材やサンプル音源、 プリセットが当たり前のように使われています。 クリエイターが「既製品を組み合わせて」曲を作る時代ですから、 逆に全く似ていない曲を作る方が難しいと言えるかもしれません。

そんな中で、 「人間には素材選びや構成に意思があるから創造的だ」 と見なされるのに、 AIには「意図がないから責任がない」、 だから「再利用ではなくパクリだ」と言われるのは、 少し違うような気がします。


人間の音楽制作では、作り手の意図として、 他の曲から影響を受けて、 意図的に「似せている」場合も多いんです。 これはオマージュや引用とも言えますよね。 時には、「バレないように」と、 ある程度盗作の自覚がありながら似せることも、 残念ながらあるでしょう。

逆に、AIによる音楽生成は、 意図的に似せようとはしません。 仮に似ていたとしても、 AI自身には「似せよう」という意図も、 その曲を理解する能力もありません。 すべては統計的な処理の結果なんです。 AIは、データの分布から最適な答えを出すだけで、 「パクった」という認識は一切持っていません。 複雑な問題ですが、最終的にその生成物を公開したり、 商用利用したりする人間側が責任を負う構造になっています。 AIそのものには、責任能力がないんですから。


つまり、オマージュというのは、 人間が意図的に似せたり引用したりしているものですが、 AIはそんなことを理解することなく、 膨大なデータの中から、 注文に応じた演奏を再構築しているに過ぎないんです。


逆に言えば、 もしAIが作った曲が既存のヒット曲に酷似しているのだとしたら、 それはその既存のヒット曲が 「ありきたりで典型的な曲」に過ぎない可能性が高い、 ということになります。 だって、AIが単純な条件で生成できる程度の曲だ、 ということが証明されてしまうわけですから。

既存のヒット曲の中には、そのジャンルの典型すぎていたり、 独創性よりも「こういうもの」という様式が重視されたり、 形式が先行して、オリジナリティが希薄だったりする曲もあるかもしれません。 AIが似た曲を生成できることで、 それが客観的に浮き彫りになる、とも言えるのではないでしょうか。

例えば、坂本龍一や常田大希、椎名林檎のようなアーティストの楽曲は、 AIで似た曲を生成するのが難しいと言われています。 これは、彼らの音楽がいかに独創的であるかを示しているのかもしれませんね。


結局のところ、「盗用だ」「パクリだ」と批判されるAIですが、 それを意図しているのは、 むしろ人間の方にこそ存在するのではないでしょうか。 人が作ったものにこそ、盗用やパクリが存在し、 それが意図的であることを、 私たちはもう一度考え直さなければなりません。

AIが生成した楽曲が既存の曲に似ているとしても、 それは偶然の結果であり、より平準化された、 いわゆる「ありきたりな音楽」ほど、 AIが生成した結果も似てしまう、 ということを認識すべきでしょう。

音楽は感情的なものですから、感情が盗用やパクリを生み、 それを「インスパイア」という言葉でごまかすこともあるかもしれません。 でも、AIは感情を持っていませんから、 何かを意図的に盗用することはないのです。


AIと音楽の関係は、 これからも私たちの想像を超えて進化していくことでしょう。 あなたはこの新しい「似ている」という現象を、どう感じますか?

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